矢車SITE ― 改訂2022年11月

写真を主とした本人の日記代わりのようなブログで、つぶやきのようなものですが、 当人の別ブログ記事の更新紹介も行っています。

いったん別のサイトに移転した本ブログのメイン記事を本サイトに戻しました。部分的にTwitter投稿を一定期間を区切って掲載したものが含まれます。

2009-01-01から1年間の記事一覧

地球温暖化問題の個人的重圧 ― 前回に続いて

要するに科学上の問題も政治的な問題と同じようなプロセスで決められているという事なのである。しかし、形式的には、科学理論の決定に多数決のような民主主義的ルールは通用しない。そこで拠り所となるのが権威と専門性なのだ。前回の冒頭で述べた前提を繰…

地球温暖化問題の個人的重圧

私は社会的には地球温暖化問題からは何の重圧も受ける立場にはない。専門的にそのような問題と関わる研究者ではないし、政治、経済的に多少とも責任ある立場にいるわけでもない。利権などはもちろん、単に職業的にでもエネルギー産業に関わっているわけでも…

カッシーラー、「シンボル形式の哲学第三巻認識の現象学」を読み終えて

いつ、つまり何年何月何日何時何分に、というわけでも無く、この書物を一応読み終わった。と、こういう表現になるのは、最後のあたり、もちろん完全にというわけには行かないが、一応読み終わったと納得できるように読了したいと思いながら、途中で少し前の…

「信じぬものは救われる」という、本のタイトル。

書店の棚を眺めていたときに、「信じぬものは救われる」というタイトルの本が目に留まった。著者は香山リカ氏。この人が書きそうなタイトルだなと思ったが、一方、個人的には違和感のある、印象のよくないタイトルである。それも狙いかも知れないが。・・・…

言葉の私物化 ― その2

以前、言葉の私物化というタイトルで少し、思った事を書いたので、今回引き続いて書かざるを得ないような気持ちになった。というのは、「みんなの党(Your party)」という、新しくできた政党の名前についてのことである。いくら何でも、政党の名前という、…

移植臓器の「不足」 ― 違和感のある言葉

臓器移植関連のニュース記事や論評で気になる言葉に「移植臓器の『不足』」という表現がある。個人的に違和感をもつ言葉は沢山あるが、こんなにも強い違和感を感じる言葉も少ない。現在、移植臓器が「不足」していると言うのなら、こういう事は臓器移植とい…

科学重視、論理軽視の風潮

DNA 鑑定に絡んだ確実な冤罪事件ないし冤罪の可能性の高い多くの事件が問題になっている。そしてDNA鑑定という科学的捜査方法の用い方についての疑問や問題性が多くの方面から提起されている。一方で現在、世界、社会一般で、また特にマスコミ関係で一種の科…

科学と論理と「陰謀論」、そして専門性

陰謀論という言葉が最近特に目に付くようになっている。私自身も最近、ブログで使ってしまったが、よく考えると変な言葉、少なくとも、注意して用いなければならない種類の言葉で、事実、ブログなどではそのような、この言葉を使うことへの批判的な論調も少…

言葉の意味の面からダーウィン進化論について思うこと

ブログ発見の「発見」、2/24日の記事で英米ニュースサイトでのダーウィン主義進化論のニュース記事に触れ、多くの記事をろくに読まないまま、個人的な感想を書いた。その続きのような形で、その後考えたことをこちらで書いてみたい。あらかじめ断っておくと…

温暖化問題と専門性について

温暖化問題で言えば、少なくとも対立する専門家同士の意見ないし説明を比較することは一般人でもできる訳ですね。まあそれしか道がないわけですし、また現実の生活に繋がる問題ですから比較検討する必要もあり、政治家にとっては比較検討し、判断する義務が…

進化生物学の比喩について ― ブログへのコメント

蒼龍氏のブログhttp://d.hatena.ne.jp/deepbluedragon/20090306へのコメントをさせて頂いたのですが、同じ問題で3回目になり、長くなったので先方のコメント欄からこちらの方に切り替えました。ひとまず安心しました。何度もご回答頂き有り難うございます。…

言葉の私物化

最近の急激な社会と政治経済の状況変化をきっかけに小泉元首相の再評価、というより批判的見直しがもうすでに一般的になっている。 私が小泉政権の時代に最もいやな感じがしたことは、彼の言葉の用い方、言葉使いであった。いわゆる「言葉の巧みな人」であっ…

哲学の科学批判 ― シンボル形式の哲学第三巻の序論を読んで

前巻に引き続きこの書物の第三巻を読み始め、とりあえず序論の部分をかなり不消化のまま、一応読み終えた。このような本をそう簡単に消化しながら読めるわけはないが、この序論は読みやすい箇所と解りづらい箇所とが分かれているような感じだったせいか、読…

キリスト教原理主義について ― 「ニセ科学論議」との関わりで

キリスト教原理主義と呼ばれる宗派のすべてか、少なくとも多くはヤングアース創造論者であるといえる。現在日本で言われているキリスト教原理主義の正確な定義はよく知らないが、この辺りの状況は、日本のマスコミではアメリカの国情として取り上げられるだ…

カッシーラー シンボル形式の哲学[2]神話的思考、を読んで

昨日、何とかこの2巻目を読み終わった。読み始めたとき、第一巻の「言語」よりは読みやすそうだと思ったのだが、その期待は裏切られた。とにかく1巻目同様難しかったし、続いて読み始めた第三巻は更に難しいかもしれない。この本よりももっと有名で、かつも…

「ニセ科学」という概念とカテゴリーの持つ問題について

以前はてなのブログ『「発見の」発見』でニセ科学批判に関する問題を取り上げたところ、そのブログとしては最も多いアクセスがあり、そのブログの記事の中ではもっとも反響のあったものだった。「ニセ科学、疑似科学論議よりも具体的な批判を」この記事はそ…